『我が子が突然余命一年と言われたら』

難治小児がん『小児脳幹部グリオーマ』11才の娘が病気と向き合い最期を終えた内容を綴っております。

きょうだいの支援

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※はじめての方は上記『余命一年宣告のはじまり』よりご覧いただければ幸いです。

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ありがたい支援も沢山ありました。それは、患児に直接、携わる事ではなく、兄弟の心配をしてくれたことです。ある友人の会社が運営するキャンプに、弟を無償で連れていってくれたり、この境遇における、弟の心理状態、接し方など、ご教示してもらったりしました。親戚が息子を泊まりにくるよう誘ってももらいました。

 

娘が闘病介護中は、ほとんど弟には、接することができず、可哀そうな思いをさせました。なので、このような形の支援は、とてもありがたかったです。

 

息子と話が出来ない日が多く、愛情を注げませんでした。。ストレスも溜まっていたと思います。あのころ、私と妻の話合いが多く、問いかけてはいけない空気が、家の中ではあったから、天真爛漫な息子が、おとなしかったです。

 

患児がいる親は兄弟まで対応できない事が多いので、そのあたりを支援してあげると、良いと思います。

 

又、患児の前では話せないことが多いため、自宅に帰ると夫婦で、気持ちを振るいたたせ、積極的治療にするか・無治療か、などの、極限の治療方針を夜遅くまでしました。

 

小児脳腫瘍の組織細胞は100種類以上と言われており、治療はオーダーメイドのようなもので、使う抗癌剤も、先生により様々に選択されます。

 

普段は、物後によって、妻が決めたり、わたしが決めたりとありましたが、娘の命が掛かっていると、話し合いでは、よく割れました。まるでハードなリーダーが二人になる訳です。

 

ましてや、真面な精神状態ではないですから、判断が非常に迷います。そんな時は必ず、標準治療と照らし合わせて方針を決めました。

 

続く・・・