『我が子が突然余命一年と言われたら』

11才の娘が小児がんと向き合い、最期を終えた内容を綴っております。

最期になった11本目のロウソク

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☆こちらのブログから流している情報に、寄り添って頂いた皆さま心より感謝申し上げます。小児がん」のことを知っていただくために、ご無理のない範囲で下の病気ブログをクリックいただければ幸甚です。

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2月15日、放射線医師より説明を受けました。

 

2月16日、調子は悪いようです。元気がありません。病気前の性格と変わってきたようです。かなりおとなしい性格でしたが、医療者の皆さんと人見知りせず話しています。薬のせいか、脳腫瘍のせいかなのか・・・

  

顔面麻痺の症状が進み、顔の歪みや口から唾液が垂れてしまいますムーンフェイス(ステロイドの副作用で顔が膨らむ)が少し出てきました。女の子にとって容姿の変化がどれだけ辛かったか・・・・いつも鏡の前で笑顔を確認して学校に行っていたころを思い出します。

 

医療ベットをフラットにしシャンプーした後、コメカミあたりに頭痛がありました。熱は37.3。リハビリの先生には右手の失調が少なくなっていると言われました。

 

2月17日、昨日より顔色が悪いですが、調子は良さそうです。体温36.3.頭痛なし。食事・完食。むせはたまにある。飲み込みは大丈夫です。左手の動きが悪くなってきています。右手握力11.2キロと以前より3k落ちました。

 

大学病院の外周を車イスで散歩しました。とてもストレス解消になります。娘と色々と話し、この時ばかりは楽しいです。

 

会話の中で「目が見えなくなっている」と言っていました。どのくらい見えているかは分かりませんが、親に心配かけまいと、うちに秘める娘ですが、こういった散歩などでは、素直に話してくれます。

 

声が小さくなりました。口の開閉が出来なくなっています。昨日よりフラツキが強いです。

 

症状の進行が早すぎて、この病気の恐ろしさを感じました。

 

2月18日、調子普通。体温・朝36.1 夜37.1。食事・完食。リハビリは出来ました。

 

2月19日、恐怖の放射線治療開始日。偶然なのか、今日は娘の誕生日。

 

体温・朝37.4。ライナック1回2グレイの24回局所照射。計48グレイ。ガンマナイフはNG、サイバーナイフは使えるかも知れないが、小児の脳には強すぎるらしい。出来れば1回1.8グレイぐらいが良いのではとの事でした。1回2グレイで流すのは、放射線終了後のQOLを上げる事も目的としてあるとか。

 

素人の私には1.8と2の差が分からず、開始した放射線治療でした。この病気は、一発勝負の治療が多く、選択肢に非常に迷います。迷った時は、澤村先生によくメール相談しました。子どもを優先したお答えをいただき、神の領域のDrと思います。

 

放射線科の医師は、名誉ある先生のようですが、娘と私の間では「おじいちゃん先生」と呼んでいました。そういったお話を娘とすることも楽しみのひとつでもありました。ですが治療施術の腕は良いと思いました。お蔭で、脱毛部位が、極力小さく、娘も脱毛に関しては気づいていませんでした。

 

放射線治療は午後開始でしたので、最後になるかも知れない娘の誕生日と思った私は、祖母の家で誕生会を行いました。吐気があり調子は良くありませんが、親戚一同集まっていただきました。

 

娘のイトコやハトコたちが、色んな変装して待っていました♪

 

放射線治療に間に合うよう、誕生会を早めに切り上げ、親戚みんな見送ってくれました。神奈川では珍しく雪が降っていて、切ない気持ちになります。

 

ガラス越しに見送る親戚が涙していました。私は娘の前では涙は流す訳にはいきません。気を張って気丈に振る舞います。

 

介護タクシーが迎えにきてくれました。イトコやハトコが手を振る中、娘は麻痺した手を必死に上げて、手を振りかえしていました。

 

本当に思い出に残る『・・の誕生日会』になりました。

 

この後(放射線治療後)の恐怖は 入院中、一番かもしれない。

 

続く・・・・・