『我が子が突然余命一年と言われたら』

難治小児がん『小児脳幹部グリオーマ』11才の娘が病気と向き合い最期を終えた内容を綴っております。

誰にも言えなかったこと

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 はじめまして、ブログ管理者の「のぶちん」です。

11才の娘を難治性小児がん『小児脳幹部グリオーマ』で

在宅医療にて自宅で看取りました。

天国に逝ってから5年が経ち、他のサイトで限定公開の内容を、

こちらのサイトで整理して、小児がんを周知していただくために

公開しようと決めました。

 

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娘のお話は「日本感動大賞」入賞作品に選ばれ

「99のありがとう風」で掲載されています。

 


人の数だけ物語がある。ザ・ゴールデンヒストリー 朗読CDブック / 大竹まこと 【本】

また、大竹まこと「人の数だけ物語がある」でも選出していただき、

大竹まことさんがラジオで朗読し本にもなりました。

 

父親として大変辛い内容も多いのですが、『娘の生きた証』を、

すべてここに綴りたいと思います。

どうぞ宜しくお願い申し上げます。

 

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全額活動に使わせていただきます。

 

☆こちらのブログから流している情報に、寄り添って頂いた皆さま心より感謝申し上げます。小児がん」のことを知っていただくために、ご無理のない範囲で下の病気ブログをクリックいただければ幸甚です。

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2002年2月19日、待望の女の子が誕生しました。第一子、どうしてもほしかった女の子の誕生に、「目に入れても痛くない」を試してみようと、軽い乗りの私は、実際に試してみました。由来通り、まったく痛くありませんでした。「これが我が子、これが無償の愛」、このことを確信した日でもありました。

 

それから、2013年1月26日まで、普通な家庭で、普通に生活し、この普通がとても、幸せ感を充実していた時に、それは突然、起こったありえない出来事でした。

 

2013年元旦。わたしの初夢は、娘のお葬式をしている夢でした。こんな不吉な夢、「誰にも言えない、話せない」と思い、自分だけの心に締まっていました。

 

元日~3日まで家族で富士山に行き、スキーを元気一杯に滑り、初夢のことなどすっかり忘れていました。

 

そしてその26日後、突然、娘がふらつき歩き、目の視点が合わなくなりました。これは脳かも知れないと、大学病院を救急受診したところ、やはり脳に影響がありそうなので、MRI検査を受けることになりました。

 

数日後、検査結果を主治医から伝えられました。診断結果は、「小児脳幹部グリオーマ小児がんの中で、もっとも死亡率が高い小児脳腫瘍。神の手を持つ、脳外科医も摘出手術ができなく、世界でも治療法がない、余命は1年です」と、あまりにも急で、短い命の期間を宣告されました。

 

娘が余命一年宣告を受けた時、私は一人で主治医のお話を聞きました。余命宣告後、大学病院の外に出て、誰もいない木陰でひとり泣きました。そしてトイレで顔を洗い病室に帰り、笑顔で娘に「大丈夫だって!」と伝えました。「上り坂・下り坂・まさか」とは言いますが、その時、私は「この現状はただの下り坂だ」と信じていました。

 

きっと世界のどこかに治療法があるはずで、テレビで見る「神の手」のドクターが救ってくれるはずだと、心の片隅に思っていたことを思い出します。

 

この病気は世界でも標準治療というものは、放射線治療による一時的な寛解(症状が収まること)となり、その一時的に快復したときに、良い思い出作りをしてくださいと伝えられ、その大切な期間をハネムーン期と言うそうです。

 

診断と同時に余命宣告された後、私は、初夢の事を初めて妻に話しました。すると妻は驚くと同時に、涙を浮かべ「嘘・・・。実は私も同じ夢を見たの。娘が白い棺に入っている夢を・・・。私もこんな不吉な夢を誰にも言えなかった・・・・」

 

科学では証明できない不思議な出来事でしたが、私たち夫婦が、余命宣告にうろたえないよう、神様が事前通告したのかも知れません。

 

ある日、目が覚めたら、家族全員、戦場に送られ、娘1人だけが、牢屋に入っている家族の前で拷問を受けているような、感覚とでも言いましょうか、それは、それは地獄絵図でした。

 

ドン底・・・・底があるならまだよいです。。底なし沼かも知れません。これから先は誰も知り入れない、神ぞ知る領域と認識しました。

 

それから壮絶な闘病記がはじまりました。激しい頭痛・嘔吐など、それはそれは、想像を絶する身体的な症状と、心の不安との闘い。そんな中でも、娘は「早く治したいから、治療・リハビリ頑張る!」と前向きに頑張っていました。

 

医師たちの話し合いで、放射線治療開始日が決定しました。子どもの脳に放射線を当てることは、ものすごい強い被爆をし、その代償に認知機能・注意欠陥・学習・発達など、あらゆる重い障害が生じることが多くあります。

 

あの放射線治療室に見送るとき娘は、私に「Vサイン」をしてベットで運ばれていきました。

 

小児脳腫瘍脳外科の第一人者である澤村豊先生はホームページで治療選択について、「ソフィーの選択」と綴り、このように説明しています。

『選択できない治療選択肢があるのです』

 

ソフィーの選択

https://plaza.umin.ac.jp/sawamura/pediattumor/sophie/

 

あなたはこの現状を選択できるでしょうか・・・・ 

 

続く・・・・