『我が子が突然余命一年と言われたら』

難治小児がん『小児脳幹部グリオーマ』11才の娘が病気と向き合い最期を終えた内容を綴っております。

所得税・消費税の申告等の期限延長申請手続

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当方、個人事業主なのですが、確定申告時期に、娘の容態が悪かったため、申告の延長はできないのか、国税庁に相談したところ、「所得税の申告等の期限延長申請」というものを、教えて頂きました。

 

わたしは、申告延長を、H25年度末まで延長しましたが、小児慢性特定疾患の届け出期日が、H25年6月末ぐらいなため、あわてて準備して無事に終了いたしました。この制度はありがたいです。

 

参考URL

www.nta.go.jp

 

 

続く・・・

 

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学校選択について

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平成25年3月中旬に、無事に退院することができました。

同じ年頃のお嬢さんがいる、搬送係りの方が玄関まで追いかけて来てくれ見送ってくれました。行動で思いが通じる面がありとても嬉しくなりました。

 

退院後、放射線治療効果は良好で学校通学できるまでになったのですが、学校選択について、親子で悩みました。

 

娘は「顔の麻痺が治るまでは、通っていた小学校ではなく、違う環境で生活したい」とのことで、粗方、気持ちも理解したいと思い、色々と探してみました。

 

まずは、娘の第一希望でした院内学級ですが、病院内で会議をして頂きました結果は、入院患者さんへの感染のリスクなどがあげられ、残念ながら退院後の外部から入ることはできませんでした。

 

関係者皆様が、涙を流しながら、病院側の偉い方に交渉して頂いたと、後に聞き、胸が熱くなりました。この場をかりて感謝いたします。入院患者さんからみたら、外部からの感染で、思わぬ感染症にでもかかったら一大事です。それこそ本末転倒ですので、病院側の説明に、私共は、納得いたしました。

 

次は肢体不自由の支援学校です。娘と見学に行きましたが、私や娘が思っていた以上に、通学している生徒さんにどのように接していいのかなど、今後の事を含めて考えましたが、他の施設を探すことにしました。

 

わたしは娘に聞きました。「今まで通っていた小学校と支援学校を選ぶとしたら、どちらを選ぶ?」

 

娘は、悩みました。。苦渋の決断だったと思います。「支援学校」と言いました。私は娘にマッチする学校を探さなければいけないと、この時ばかりは思いましたが、近くのフリースクールなど問い合わせしてみましたが、留守が多く、本当に活動されているのか!? 信用性に掛ける部分があり、路頭に迷いました。

 

退院後、数週間が経ち、小学校の担任から連絡がきました。それは教育委員会が行っている、教室があるとの事でした。まさに青天の霹靂です。簡単に言うと、何らかの事情で、通常の学校に通うことが出来ない生徒の教室でした。病後児とはいえ、受け入れもして頂けるとのことで、早速見学し、娘も気に入ってくれて、元気に通学してくれました。

 

生徒さんは男の子2名と、女の子はいませんが、さすが国主催です。先生が多いです♪子供とのコミニケーションは少ないですが、わがままは言えません。先生とも仲良く、勉強や活動をしているので、今の娘にはピッタリかもしれません。

 

ただ、あまりにも通常小学校に行かない期間がありすぎると、余計に小学校への拒絶あるのではないかというのがあり、時期をみて、担任や教育カウンセラーの方など相談しながら慎重に小学校復帰を目指したいと思います。

 

又、今まで通っていた担任の先生が毎週、プリントを自宅に持ってきてくれます。本当に周りの方々には感謝の気持ちで一杯です。

 

追伸:H25-6-20現在の娘の体調は、左目眼球障害【斜視・複視】はあるものの、顔面麻痺は、ほとんどなくなり、右半身の失調もほとんどありません。ふらつきもありません。足指の付け根が多少、しびれがあるようです。顔色は、健常児と比べると、多少悪いです。右の失調が長く続いていたせいか、左足に負担があり、ひざ周囲が痛いそうです。リハビリは眼球運動・公園散歩・マッサージ・超音波【顔】・をやってます。胃痛が時折でます。胃薬は服用してます。

 

続く・・・

 

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行政への訴えは届くのか

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国が行っている、小児慢性特定疾患制度は、とても、とてもありがたい制度と思うのですが、現実問題、余命宣告された親は、頭はパニック状態、子供の介護など、体も心も、ズタズタ状態の中で、申請すらできない日が続きました。

 

このような制度の難点は、地域にもよるのですが、申告した日からの、助成というのは、理解しがたい。【もちろん とてもありがたい制度とは思っています】 

 

病院側から小児慢性特定疾患制度を聞いたのは、すでに申請後でした。出来れば、診断結果後、すばやくお知らせ頂き、申請の簡素化を望みます。

(平成31年1月現在は、病院のHPで紹介などはある)

 

申請の簡素化が難しい場合は、小児慢性特定疾患で補えない分の、市などの助成は、やはり申請作業をしなければならないので、小児版ケアマネ的の存在がいれば、各申請手続きが可能になると思います。

(平成31年1月現在、行政や政治にも訴えております)

 

そして、小児慢性特定疾患は、診断された日から、助成対象にしてもらいたいと思う。そうでないと、すべての申請手続きに時間を要し、子供の介護や医療についての時間が取られてしまいます。

 

また、保健所などの精神的ケアもあるようだが、私の場合、保健師から電話が掛かってきたのは、余命宣告を受けてから3か月後でした。余命宣告された親が、一番滅入る時期は、心理学的には、1か月~2か月でしょう。(実際は、永遠ですが) 

 

それと、保健師より、「何度も自宅に電話をかけましたが・・・」と言われたのですが、子どもが入院中ですので、自宅に帰るのは遅い夜分です。。家にいる訳もなく。。

 

正直、私の場合は相談しても、何の解決にもならないと思っていたので、相談する事も感がえてはなかったが、必要としている方には、到底、迅速対応とは言えないと思う。

 

より良くなってもらいたい制度なので、わがままも多少あります事はご了承ください。ただ、一緒に涙を流してくれる方に話す事は、共感と言う意味で、心が和みます。

小児慢性特定疾患では補いえない、介護的要素ですが、娘が侵されている疾患は、医学的にハネムーンと呼ばれている放射線後の時期を過ぎれば、重度障害を負う訳ですが、障害者認定などの申請時期に問題が生じると思います。

 

障害者認定等級見直しや、それに伴う、期間や審査が邪魔をし、粗方、予測できるにも関わらず、申請すら出来ず、行政援助の恩恵を受けれない小児患者【親御様も含め】も多いのではないかと思います。

(平成31年1月現在、厚労省や政治に働きかけ、各自治体に早期に認定の通知を出しました)

 

現実問題、娘の予後が決められた期間すら、お勤めの親御様は、仕事も休めず、大事なお子様との時間すら、仕事選択しなければなりません。

 

わたしが言いたいのは、最期は自宅で見守りたいと思う親御様も多いのです。自宅でのトイレや入浴介護は必要最低限の事です。これが、この立場に立った親の気持ちです。

 

続く・・・

入院中に使ったもの

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手のリハビリに、かみねんどを使いました。これは小学生には、うってつけの物です。100均などで、ホワイトは売っています。楽しんで作っていました。最終的には、わたくしがハマってました!

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充電式、DVDプレイヤー。左聴覚の障害が出ていて、携帯などの音声が引き金になって耳鳴りなどあったため、あまり使用しませんでしたが、調子の良い時は快適に使っていました。

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入院していた脳外科は、通常、親などの泊まりは禁止でしたが、特別に女性に限り、付き添いお泊り許可を頂きました。1日400円で簡易ソファーをレンタルしましたが、やはりベットが良いと幅狭いベットですが、交換して頂き、少しは楽に介護できたようです。とはいえ、痛みや吐き気に、苦しい状態でしたので、泊まってくれた親戚や妻は大変だったようです。【ほとんど寝れない】祖母は3日連続で介護しましたが、相当疲れていました。協力してくれたみんなに感謝です。

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きょうだいの支援

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ありがたい支援も沢山ありました。それは、患児に直接、携わる事ではなく、兄弟の心配をしてくれたことです。ある友人の会社が運営するキャンプに、弟を無償で連れていってくれたり、この境遇における、弟の心理状態、接し方など、ご教示してもらったりしました。親戚が息子を泊まりにくるよう誘ってももらいました。

 

娘が闘病介護中は、ほとんど弟には、接することができず、可哀そうな思いをさせました。なので、このような形の支援は、とてもありがたかったです。

 

息子と話が出来ない日が多く、愛情を注げませんでした。。ストレスも溜まっていたと思います。あのころ、私と妻の話合いが多く、問いかけてはいけない空気が、家の中ではあったから、天真爛漫な息子が、おとなしかったです。

 

患児がいる親は兄弟まで対応できない事が多いので、そのあたりを支援してあげると、良いと思います。

 

又、患児の前では話せないことが多いため、自宅に帰ると夫婦で、気持ちを振るいたたせ、積極的治療にするか・無治療か、などの、極限の治療方針を夜遅くまでしました。

 

小児脳腫瘍の組織細胞は100種類以上と言われており、治療はオーダーメイドのようなもので、使う抗癌剤も、先生により様々に選択されます。

 

普段は、物後によって、妻が決めたり、わたしが決めたりとありましたが、娘の命が掛かっていると、話し合いでは、よく割れました。まるでハードなリーダーが二人になる訳です。

 

ましてや、真面な精神状態ではないですから、判断が非常に迷います。そんな時は必ず、標準治療と照らし合わせて方針を決めました。

 

続く・・・

 

情報の質とは

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闘病とは、ボクシングで例えると、最終ラウンドが永遠に続く感じかもしれない。まさに極限状態だ。化学療法は、大人より子供の方が耐えられるというデータがあるみたいだが、あきらめない精神構造は小児の方が強いんですね。本当に尊敬します。

 

初期段階からの入院中、沢山の情報をくれた方々、または、まったく面識がない方からの情報など、とてもありがたかったです。

 

大変失礼な話で恐縮ですが、私の中で少し迷いを生じさせるご意見がありました。それは、その方がお勧めする治療方針を、過度に勧められることでした。

 

化学療法は毒性が強く、使い方を間違えれば毒死します。放射線治療は、正常細胞までも破壊し、長年による後遺症に悩まされ、とても怖いものです。代替医療は、信ぴょう性の問題。QOLや副作用のデメリットなど、限りなく治療選択に、親は迷います。

 

出来れば、良い情報と思ったものを、投げかけてくれる程度にして頂けると助かります。このブログを読んで、もしあなたの知り合いのお子様が、同じような病気になっていた場合、そのようにしてあげてほしいと思います。

 

「判断とは情報の蓄積」とはいったものですが、情報過多になりすぎるのも問題です。

 

医療の素人が外野で、あ~だの こ~だの言っても、その聞いている時間さえも無駄になります。

 

結論からすると、その良い情報が、さらに目の細かい、振るいに落とされている場所で情報をキャッチしてもらいたいと思います。患者会などはその類になると思います。

 

藁をもすがる思いから、SNSを使い治療法を探すことは遠回りしてしまう可能性もありますし、危険もあります。とんでもない誤った情報を入手してしまう恐れさえあります。

 

DIPGは世界でも治療法が確立していません。(2019年1月現在)

 

続く・・・・

 

絶対にパパとママが治すから

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平成25年

3月21日 初の外泊。自宅に着くなり、窓際で、「病院に帰りたいよ。。」と娘は号泣。

 

放射線の影響か、ステロイドの影響か分かりませんが、まるで動物園で育った、動物が、突然、アフリカの野生に帰され、不安に陥っているようでした。

 

また、退院する時は、すべての症状が無くなっている状態と本人は思っていたので、麻痺が残る中での、外泊に「治らないんじゃないか」という不安が強いのかと思った。

 

妻が気持ちを切り替えに公園でも行こうかと言う。少し気持ちが落ち着き、「やっぱり家が良いな~!」と最後には言っていました。

 

自宅に帰り、娘と寝るのは、本当に幸せだ!当たり前の生活に、感謝!

 

隣で寝ている娘を見て、めちゃ可愛くて、寝るのがおしい。なので翌日は寝不足。 

 

3月22日 病院帰宅。気管切開した、患児とすれ違い、「わたしは、あの手術しないよね?」と言ってきた。私は、とっさに「しないよ!」 

 

娘はその一言で安心したようだが、何だか心苦しい。。最近、病名や目の眼球麻痺は治るのかとか、娘と同じ病気で、ちゃんと治ってる人はいるのとか、すごく聞いてくる。

 

その都度、「絶対にパパとママが治すから安心しなさい」と言っている。

 

絶対は絶対ないと、他の記事でも書いているので申し訳ないが、この「絶対」と言う語源は、幼い子供には、安心材料になっているのは確かです。

 

安心を与えることは、治療の一環と考えているので、お許しください。

 

3月23日 「桜が美味しそう~!」とか「手が美味しそう~!」など言うようになりました。おそらくステロイドの副作用です。わたしの恩師は、強いステロイドを受けていたとき「北極のアザラシ」が食べたくなったそうです。

 

続く・・・・・

子どもの臓器提供

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3月2日 調子良い。頭痛なし。胃痛なし。食事は少しづつ。

 

3月3日 調子良い。体温36.8 食事、食べ過ぎで気持ち悪い。むせることなくなる。右手を使う頻度が多くなる。

 

3月4日 調子良い。食事完食。頭痛なし。吐気なし。麻痺・しびれ等軽減。左顔面麻痺は変わらず。 娘の大好きなアイドルグループと漫画家さんがお見舞いに来ていただきました。病室で、踊りや歌をご披露頂き、娘もすごく喜んでいました。

 

3月5日 調子多少、昨日より落ちる。体温37.3 食事完食。

 

3月6日 朝、頭痛あり。食事完食。夕方に嘔吐。胃が荒れているよう。顔色は悪い。点滴を外した。

 

3月7日 昨晩、頭痛あり。放射線室へは車椅子でいくも、吐気あり。

 

3月8日 調子良い。耳鳴りなし。むせない。飲み込み良好。メールなどの手作業もできます。右利きですが、失調が出ている為、左で歯磨き。車椅子1時間乗るも、吐気なし。

 

3月9日 調子良い。外出して食事。

 

3月10日 調子良い。左でも食物噛めるようになってきた。点滴なし。水分もよくとれている。左耳鳴りが就寝前にある。

 

3月11日 朝は調子良いが、夕方からだるさが出る。食後、胃痛もある。放射線の影響で髪の毛が抜ける。左耳が聞こえずらい。

本人は髪が抜けた事は分かりますが、鏡に写らない部位なので、ほとんど気にしていませんでした。また、上から髪がかぶさるので、外見からも分かりません。

 

3月12日 調子良い。食事完食。疲れは出やすい。CTでは腫瘍縮小しているよう。外泊開始。歩行は困難なので車椅子は必要。

 

3月14日 調子良いが、精神的にナーバスになってる。

 

3月16日 調子良い。一人で20m歩いた。なぜか心電図の指にハメルやつが、ベットの際で、うたた寝している祖母の指にハマっています。。いたずらしたな(笑) 看護師さんもビックリしたろうな。だって祖母は狭心症!血圧や脈拍に違いはあるでしょうからね。 

 

3月17日 調子良い。食事完食。放射線の影響か、入院が長いせいか、ステロイドか分からないが、独りよがりの発言が多い。

 

3月18日 調子良い。以後、調子も安定状態続いています。

 

3月27日 退院日に撮影したMRIです。腫瘍部分も1.5cmになり、白くなっているところが、嚢胞です。嚢胞が大きくなってますが、今後、自然に流れてくれる可能性があります。

 

症状が強く出た場合のみ、嚢胞壁を破る手術が必要です。ですが、ギリギリまで我慢です。この時の症状は左外転神経麻痺が強く出てきました。左目は内側に斜視が出て、複視症状もあります。ただし、右半身の失調症状が軽減してます。

 

お墓参りに行きましたが、祖先を羨む気持ちになれず、掃除はしましたが、お供えものは飾りませんでした。神も仏も、どうせないんだろ!と不屈になっていた精神状態だったんでしょうね。

 

この日は、妻と臓器提供についても話た。万が一の事があった場合、どこかで娘が生きる。これはありなのか・・・

 

臓器提供を待っているドナーは世界中にいる。日本では双方の情報はしないでしょうから、アメリカならいいのか!?など。違う形や場所で、娘の成長が見れるのも、否定はできない。複雑です。

 

続く・・・・

栄光への架け橋

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">2月27日 水頭症 第3脳室開窓術を行う。5cmほどの円形に切り、内視鏡により手術する。VPシャントは腹腔に転移する恐れが少なからずあるそうです。長期留置型脳室ドレナージというものもあるらしいですが、主治医には当病院ではやってないと返答。

 

麻酔科の先生より説明受ける。頭痛10のうち5 。2月14日から20日までが特に調子悪そうでした。目まい・気持ち悪い症状あり。左耳、電話などの機械音が継続的に耳に残る。(繰り返し) 人の声は残らない。右足をマッサージしたら、胸が押される感じがする。胃痛あり。

 

手術室にストレッチャーで運ぶ際、娘を見送る時は大変心痛がありました。手術中に流す曲は「栄光への架け橋」を娘本人が選択をしました。こういう時の歌なんだなと思います。

 

手術室から帰ってきたときは、本当に本当に良く頑張ったなと思いました。手術中は前を行ったり来たりと、落ち着かなく、祈る気持ちでした。ママは病院の階段を上ったり下りたりして、気を紛らわしています。その間に、娘は病室へ。。夜中まで酷い嘔吐とでした。この日ばかりは、本人も親も地獄です。

 

主治医が言っていたのですが、麻酔から覚めた瞬間、娘は「唐揚げが食べたい!」と言ったそうです(微笑)。当然ですよね、何も食べられない日が続いていた訳ですから。

 

麻酔が完全に覚めると、手術のダメージは大きく症状にでました。(手術で脳浮腫が生じる為)

 

2月28日 水頭症術後、激しい頭痛10のうち8、嘔吐あり。(かなり辛そう)こめかみをグリグリされるような痛み。 吐気があるとき、胸前にアイスロンおくと軽減。胃酸を伴う、胃痛あり。ガスター点滴行う。

 

3月1日 調子良い。胃痛少し。頭痛10のうち3 鼻の横に水泡性のものができた。強い吐気がある為、放射線治療室に搬送中は布団をかぶせ天井を見せない、歌を歌う、会話するなどして、気を紛らわせると、多少、吐気がなくなる。それでもゆっくり運んでもらう。

 

病院スタッフによっては、ガンガンと壁に当てながら進んだり、ゆらゆらと、酔いそうな感じで運ぶ方もいたので、私が交代して運びました。悪気はまったくないと思うのですが、こういった細かいことも親は過敏になります。ひとつでも辛い思いを減らしたいので・・・。口のストレッチ開始。顎関節の痛み軽減。

 

前のベットで入院している中年のオバサンが、娘より後に入院したのだが、先に退院することになりました。次々に退院していく患者さんを裏目に、プレッシャーになってるようです。

 

余談ですが、前のオバサン、妙にお喋りな人で、娘の病名や手術のことなど、プライベートな事まで、娘に聞いてくる人だったので、「人それぞれ事情がありますし、色々ありますからね。わたしは治療や手術という言葉さえ使ってないんですよ」と支離滅裂な事を、オバサンに言ったら、なぜか察してくれて、余計な事は言わなくなりました。

 

そのオバサン、退院していく際は、娘に「頑張ってね♪」とエールを頂きました!

 

続く・・・

 

看護師さんに救われた

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2月20日、昨晩は放射線治療後から調子悪く、嘔吐が続いています。食事は水分を摂るのみです。ストレッチャーで運ぶ時も嘔吐。1日中、吐いていました。もう見ていられません。しゃべりづらいなどの症状があります。ステロイド量が増えます。

 

主治医から腫瘍が大きくなっていると説明を受けました。2月14日から20日にかけて、比べると、脳液が増し、水頭症になる可能性があると言われました。後頭部の頭痛があり、気持ち悪い、飲み込みづらい、左鼻穴と左耳が痛いと言っています。

 

トイレは車椅子移動もできない為、簡易トイレ使用しています。ベットを平らで寝ると頭痛あり。←これは脳液が下がるためにおこる、水頭症のサインと医師が言っていました。空腹感はあるが、吐気があるので食べられません。


放射線治療で使う、顔を固定する覆面マスクに、『通称・ピョンコちゃん看護師さん』と、この覆面に落書きして遊んでいました。怖がらせないための、一作ですね。ちなみにピョンコちゃん看護師さんは、病院内で働いている時、ピョンピョン跳ねて、一生懸命やっている姿から、わたしが名づけました♪すごく良い看護師さんです!

 

はじめて放射線治療の話を聞くときに 「お父さん体調は大丈夫ですか。寝られていますか。放射線医には、疑問があれば納得いくまで聞いてください。」と、心気遣うお言葉をいただきました。

 

2月21日、今日も調子悪いです。朝、嘔吐。体温37.3。点滴、グリセレブ追加。食事は食べられません。朝、呼吸が苦しく、辛そうです。痰が出始め、吸引器で吸い取る。飲み物はストローで吸うと むせる為、スプーンで流し込む。頭痛、10のうち7の痛みがある為、30分早めに、薬を入れてもらう。


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その後、頭痛軽減。気持ち悪いのはあります。尿排出はチューブで継続排出。夜も体調悪いです。健康時は寝相がすごく悪かったが、ほとんど動かず、朝まで寝ています。

 

2月22日、調子悪いが、少し動けるよう。体温36.8。フラフラ感あり。食事はとれるが、左口内に異物が残る。頭痛10のうち4。頭を動かす・目を動かす検査で、気持ち悪いのが増す為、不要な検査は省いてもらうよう伝えた。便秘が続いているので下剤3滴飲む。しゃべりづらいのが続きます。

 

2月23日、昨日より、調子は良い。体温37.1 

 

2月24日、調子良い。簡易式のシャンプーができた。食事、少し食べれた。口が開きずらい(2cmぐらいしか開かない)。固形物が食べられない。ヨーグルトなどは大丈夫。舌の動きが夕方からは、動きが良くなった。夜、気持ち悪くなって、寝れない。

 

2月25日、朝食完食。体温36.2 口の開閉悪い。顎が あくびする時痛い(左)。顎関節周囲、マッサージで痛み軽減。超音波も使う。食事中、左口内を噛むことが多い。放射線5回目。多少、飲み込みができている。気持ち悪いのは軽減している。主治医よりCTの検査結果報告。脳幹内部の腫瘍から出血がジワジワとあるようです。出血が多いと即死の場合もあります。

 

2月26日、調子良い。頭重感10のうち5 朝食完食。ベッドで行う簡易シャンプーをしたが、娘の体をフラットにしたせいか、シャンプー中、嘔吐。(水頭症の疑いあり) 頭頂部の頭痛が多少あり。


無理をさせてしまった。。


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最期になった11本目のロウソク

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2月15日、放射線医師より説明を受けました。

 

2月16日、調子は悪いようです。元気がありません。病気前の性格と変わってきたようです。かなりおとなしい性格でしたが、医療者の皆さんと人見知りせず話しています。薬のせいか、脳腫瘍のせいかなのか・・・

  

顔面麻痺の症状が進み、顔の歪みや口から唾液が垂れてしまいますムーンフェイス(ステロイドの副作用で顔が膨らむ)が少し出てきました。女の子にとって容姿の変化がどれだけ辛かったか・・・・いつも鏡の前で笑顔を確認して学校に行っていたころを思い出します。

 

医療ベットをフラットにしシャンプーした後、コメカミあたりに頭痛がありました。熱は37.3。リハビリの先生には右手の失調が少なくなっていると言われました。

 

2月17日、昨日より顔色が悪いですが、調子は良さそうです。体温36.3.頭痛なし。食事・完食。むせはたまにある。飲み込みは大丈夫です。左手の動きが悪くなってきています。右手握力11.2キロと以前より3k落ちました。

 

大学病院の外周を車イスで散歩しました。とてもストレス解消になります。娘と色々と話し、この時ばかりは楽しいです。

 

会話の中で「目が見えなくなっている」と言っていました。どのくらい見えているかは分かりませんが、親に心配かけまいと、うちに秘める娘ですが、こういった散歩などでは、素直に話してくれます。

 

声が小さくなりました。口の開閉が出来なくなっています。昨日よりフラツキが強いです。

 

症状の進行が早すぎて、この病気の恐ろしさを感じました。

 

2月18日、調子普通。体温・朝36.1 夜37.1。食事・完食。リハビリは出来ました。

 

2月19日、恐怖の放射線治療開始日。偶然なのか、今日は娘の誕生日。

 

体温・朝37.4。ライナック1回2グレイの24回局所照射。計48グレイ。ガンマナイフはNG、サイバーナイフは使えるかも知れないが、小児の脳には強すぎるらしい。出来れば1回1.8グレイぐらいが良いのではとの事でした。1回2グレイで流すのは、放射線終了後のQOLを上げる事も目的としてあるとか。

 

素人の私には1.8と2の差が分からず、開始した放射線治療でした。この病気は、一発勝負の治療が多く、選択肢に非常に迷います。迷った時は、澤村先生によくメール相談しました。子どもを優先したお答えをいただき、神の領域のDrと思います。

 

放射線科の医師は、名誉ある先生のようですが、娘と私の間では「おじいちゃん先生」と呼んでいました。そういったお話を娘とすることも楽しみのひとつでもありました。ですが治療施術の腕は良いと思いました。お蔭で、脱毛部位が、極力小さく、娘も脱毛に関しては気づいていませんでした。

 

放射線治療は午後開始でしたので、最後になるかも知れない娘の誕生日と思った私は、祖母の家で誕生会を行いました。吐気があり調子は良くありませんが、親戚一同集まっていただきました。

 

娘のイトコやハトコたちが、色んな変装して待っていました♪

 

放射線治療に間に合うよう、誕生会を早めに切り上げ、親戚みんな見送ってくれました。神奈川では珍しく雪が降っていて、切ない気持ちになります。

 

ガラス越しに見送る親戚が涙していました。私は娘の前では涙は流す訳にはいきません。気を張って気丈に振る舞います。

 

介護タクシーが迎えにきてくれました。イトコやハトコが手を振る中、娘は麻痺した手を必死に上げて、手を振りかえしていました。

 

本当に思い出に残る『・・の誕生日会』になりました。

 

この後(放射線治療後)の恐怖は 入院中、一番かもしれない。

 

続く・・・・・

 

もし主治医のお子さんが 娘と同じ病気だったら

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2月4日は朝から調子・顔色が悪く、リハビリが出来ませんでした。起き上がると、頭がフラフラし頭痛がありました。熱は38.1です。腹痛があるので腹部のレントゲンを撮りましたが、おそらく便秘とガスが溜まって痛みが出ていたのではとのことです。腹部の圧痛もありました。熱が上がったのは、針の刺さっているところからばい菌が入ったのか、原因は定かではありませんが、そのような事もあるということでした。

 

造影剤使用のMRI検査結果では、3cm程の大きさで比較的はっきりした丸みを帯びた、白く腫瘍のようなものが、出血したところの白さより薄いですが存在しております。主治医は悪性脳幹グリオーマの可能性が高く、もし悪性ならグレード3以上とも言ってました。

 

 

2月5日は体調は良さそうで、食事も取れました【半分】。食事時もむせることはなく、飲み込みも、すんなりとはいかないまでも、美味しそうに食べていました。熱も36.8です。血液検査ではCRP値が0.6でした。白血球は下がってきており、0.6でもそんなに高くない数値といっておりました。

 

リンデロン【ステロイド】に変えました。ステロイドのせいか、食事がとれるようになった・テンションが高い・などありました。トイレはチューブで取らなくても、排尿できるようになりました。

 

2月6日は点滴、リンデロンとグリセレブをしていました。食事は食べられるようです。熱は37°前後でした。左耳から耳鳴りがするそうで、声は聞こえるそうです。音楽が鳴っている感じとも言っていました。

 

食事中たまにむせます。多少、飲み込みずらい時があるようです。トイレも車椅子を使っており歩くのは困難です。一人立ちも出来ません。口のゆがみが強くなっているようです。

 

2月7日に これまでの検査結果などを踏まえ今後の取り組みについて説明を受けることになっております。・・・大学病院では、今後は組織検査<生検>をし 放射線治療になりますとのことです。

 

私は主治医に問いかけました。「これから、お話することは、病院関係者には話しません。もし先生のお子さんが、うちの娘と同じ病気で、生検を勧められたら、行いますか?

 

主治医は、顔の表情を変え、「親としてですか・・・・。。」と考え込み、「生検はしません。ですが、化学療法はやると思います。」

 

私はこの時に、大学病院の医師ではなく、医師である父親としてのご意見をいただけたと思っております。この言葉が今でも忘れられません。年齢も若く、決して小児脳腫瘍には経験豊富とは思えませんでしたが、真剣に考えていただいたことに本当にありがたく思いました。出血を伴う、橋グリオーマの為、とても危険なのは、素人目にも分かってました。

 

2月8日調子が悪く、リハビリは中止しました。内耳の圧迫が気になるようでした。左目の違和感が強くなったようです。耳鳴りが頻繁に出てきているようです。朝の熱は36.8 食事は少しですが食べられています。右手の痺れはないが、失調が出ています。

 

左目が閉じなくなっており、保護テープを貼って寝ることになりました。角膜保護テープ・メパッチクリアSGは、粘着性が他の物よりソフトなため、就寝して朝起きた時に痛みがなく剥がせます。参考までに。

 

続く・・・・・


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三途の川

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初めて脳外科にかかる朝、目が覚めた娘は、2匹の犬を連れた神様がいて、その神様の脇を、祖母の車で通る夢を見たそうです。その近くには、山があり、川もあったそうです。昔から言い伝えられる、三途の川だったのでしょうか・・・・

 

初期段階からの症状をお知らせ致します。

平成25年

 1月22日、学校から帰ると、ダルそうに、部屋で横になっておりました。当日の体調が悪くなった時間帯は午前11時ぐらいだそうです。微熱がありました。

 

1月24日左目に違和感が強く出始めます・異常な眠さ・だるい・微熱の症状がありました。25日夕方 症状が改善されないので、近所の内科に受診したところ、左目の左側方に向けない異常があり、脳外科をすすめられまいた。

 

1月26日朝、隣で寝起きの娘が突然、ディズニーランドのチケットは?と私に言いました。行く予定もないのに・・・。異常な言動と察知しました。

 

その後、総合病院の脳外科を受診し、CTを撮ったところ、脳幹【橋】約1cm出血がありました。その時点での症状は、上記症状と真っ直ぐ歩けない・通常の会話より、支離滅裂まではいかないものの、いつもと違うのは家族からみて明らかでした。あと光を見るのを嫌がっていました。

 

お医者様に、・・・大学病院の救急に紹介状を書くので、そのまま行ってくださいと言われ、その足で受診いたしました。

 

その時、大分動揺していたのか、わたしは、右足に派手なスニーカー。左足に地味な革靴と、普段なら絶対間違わない事をしてました。看護師さんには大丈夫ですか?と聞かれ、私は「大丈夫ではないです。。」と答えました。

 

看護師さんには「足元は、みんな見ませんから、大丈夫ですよ!」

 

看護師さんも冷静ではなかったのかも知れません。

 

待合室から呼ばれるときも、医師の案内に違和感がありました。私は医師の表情や抑揚で悪い予感を感じました。

 

大学病院にかかり、MRI検査では、やはり橋出血で海綿状血管腫ではないかと思うと、主治医に言われ、腫瘍に詳しい先生と放射線に詳しい先生などとMRI画像をみて、またお知らせ致しますとの事でした。

 

先生同士の話し合いで、脳幹腫瘍の疑いがあるとの事で、2月4日・5日にMRI【造影剤】を受けます。2回に分けるのは、違う角度で撮るとの事でした。この日から入院となります。

 

1月28日微熱はあるものの、食べ物も呑み込みやすいと本人は言っており、体調も私から見たら、良さそうでした。手足の冷えがあり、軽い腹痛もありました。日によって手足の痺れ方が違うようで、握力は失調が出ている右は14kgで 左は15kgでした。【右利きです】足は右膝下より痺れがあるようです。頭痛・気持ち悪い症状もありました。30日は朝の体温が37.4 昼が36.6 夜が36.8でした。

 

MRI造影剤の結果を 主治医から高い確率で、脳幹グリオーマであろうとの事でした。

 

続く・・・・・

誰にも言えなかったこと

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 はじめまして、ブログ管理者の「のぶちん」です。

11才の娘を難治性小児がん『小児脳幹部グリオーマ』で

在宅医療にて自宅で看取りました。

天国に逝ってから5年が経ち、他のサイトで限定公開の内容を、

こちらのサイトで整理して、小児がんを周知していただくために

公開しようと決めました。

 

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娘のお話は「日本感動大賞」入賞作品に選ばれ

「99のありがとう風」で掲載されています。

 


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また、大竹まこと「人の数だけ物語がある」でも選出していただき、

大竹まことさんがラジオで朗読し本にもなりました。

 

父親として大変辛い内容も多いのですが、『娘の生きた証』を、

すべてここに綴りたいと思います。

どうぞ宜しくお願い申し上げます。

 

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2002年2月19日、待望の女の子が誕生しました。第一子、どうしてもほしかった女の子の誕生に、「目に入れても痛くない」を試してみようと、軽い乗りの私は、実際に試してみました。由来通り、まったく痛くありませんでした。「これが我が子、これが無償の愛」、このことを確信した日でもありました。

 

それから、2013年1月26日まで、普通な家庭で、普通に生活し、この普通がとても、幸せ感を充実していた時に、それは突然、起こったありえない出来事でした。

 

2013年元旦。わたしの初夢は、娘のお葬式をしている夢でした。こんな不吉な夢、「誰にも言えない、話せない」と思い、自分だけの心に締まっていました。

 

元日~3日まで家族で富士山に行き、スキーを元気一杯に滑り、初夢のことなどすっかり忘れていました。

 

そしてその26日後、突然、娘がふらつき歩き、目の視点が合わなくなりました。これは脳かも知れないと、大学病院を救急受診したところ、やはり脳に影響がありそうなので、MRI検査を受けることになりました。

 

数日後、検査結果を主治医から伝えられました。診断結果は、「小児脳幹部グリオーマ小児がんの中で、もっとも死亡率が高い小児脳腫瘍。神の手を持つ、脳外科医も摘出手術ができなく、世界でも治療法がない、余命は1年です」と、あまりにも急で、短い命の期間を宣告されました。

 

娘が余命一年宣告を受けた時、私は一人で主治医のお話を聞きました。余命宣告後、大学病院の外に出て、誰もいない木陰でひとり泣きました。そしてトイレで顔を洗い病室に帰り、笑顔で娘に「大丈夫だって!」と伝えました。「上り坂・下り坂・まさか」とは言いますが、その時、私は「この現状はただの下り坂だ」と信じていました。

 

きっと世界のどこかに治療法があるはずで、テレビで見る「神の手」のドクターが救ってくれるはずだと、心の片隅に思っていたことを思い出します。

 

この病気は世界でも標準治療というものは、放射線治療による一時的な寛解(症状が収まること)となり、その一時的に快復したときに、良い思い出作りをしてくださいと伝えられ、その大切な期間をハネムーン期と言うそうです。

 

診断と同時に余命宣告された後、私は、初夢の事を初めて妻に話しました。すると妻は驚くと同時に、涙を浮かべ「嘘・・・。実は私も同じ夢を見たの。娘が白い棺に入っている夢を・・・。私もこんな不吉な夢を誰にも言えなかった・・・・」

 

科学では証明できない不思議な出来事でしたが、私たち夫婦が、余命宣告にうろたえないよう、神様が事前通告したのかも知れません。

 

ある日、目が覚めたら、家族全員、戦場に送られ、娘1人だけが、牢屋に入っている家族の前で拷問を受けているような、感覚とでも言いましょうか、それは、それは地獄絵図でした。

 

ドン底・・・・底があるならまだよいです。。底なし沼かも知れません。これから先は誰も知り入れない、神ぞ知る領域と認識しました。

 

それから壮絶な闘病記がはじまりました。激しい頭痛・嘔吐など、それはそれは、想像を絶する身体的な症状と、心の不安との闘い。そんな中でも、娘は「早く治したいから、治療・リハビリ頑張る!」と前向きに頑張っていました。

 

医師たちの話し合いで、放射線治療開始日が決定しました。子どもの脳に放射線を当てることは、ものすごい強い被爆をし、その代償に認知機能・注意欠陥・学習・発達など、あらゆる重い障害が生じることが多くあります。

 

あの放射線治療室に見送るとき娘は、私に「Vサイン」をしてベットで運ばれていきました。

 

小児脳腫瘍脳外科の第一人者である澤村豊先生はホームページで治療選択について、「ソフィーの選択」と綴り、このように説明しています。

『選択できない治療選択肢があるのです』

 

ソフィーの選択

https://plaza.umin.ac.jp/sawamura/pediattumor/sophie/

 

あなたはこの現状を選択できるでしょうか・・・・ 

 

続く・・・・